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福岡高等裁判所 昭和53年(ネ)232号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 福岡県

右代表者知事 亀井光

右訴訟代理人弁護士 森竹彦

被控訴人(附帯控訴人) 佐々木達也

右法定代理人親権者父兼被控訴人(附帯控訴人) 佐々木邦

右佐々木達也法定代理人親権者母 佐々木幸子

右両名訴訟代理人弁護士 中村経生

主文

一  原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。

二  被控訴人らの請求を棄却する。

三  本件附帯控訴を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じてすべて被控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人(附帯被控訴人、以下単に「控訴人」という。)は、本件控訴につき主文第一、第二、第四項と同旨の判決、附帯控訴につき主文第三項と同旨の判決を求めた。被控訴人(附帯控訴人、以下単に「被控訴人」という。)らは、本件控訴につき「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決、附帯控訴につき「原判決を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人佐々木達也に対し金三八三万六五二三円、同佐々木邦に対し金一六万六四一二円及び右各金員に対する昭和五二年三月一日以降完済まで年五分の割合による金員を、被控訴人佐々木達也に対し金八六三万五三九三円に対する、同佐々木邦に対し金一六万六四一二円に対するいずれも昭和四七年九月三〇日から昭和五二年二月二八日まで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、被控訴人らにおいて「被控訴人らは、昭和五二年二月二八日原審被告清水興業株式会社の任意保険金四七九万八八七〇円を大東京火災株式会社から受領したので、これを被控訴人佐々木達也の損害に填補した。」と述べ、控訴人において「被控訴人が右金員を受領したことは認めるが、填補関係は知らない。」と述べたほかは、原判決の事実摘示中控訴人関係部分と同一であり、《証拠関係省略》、ここにこれを引用する。

理由

一  請求原因一記載の事実は当事者間に争いなく、《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

(1)  本件事故現場は、おおむね別紙交通事故現場見取図(以下「見取図」という。)記載のとおり、幅員約九メートルの車道の両側に幅員約二・五メートルの歩道のあるほぼ東西に通じるコンクリート舗装のなされた道路(以下「交差道路」という。)と、ほぼ南北に通じるコンクリート舗装のなされた道路(以下「本件道路」という。)とが交差する信号機の設置されている交差点(以下「本件交差点」という。)であって、本件道路の右交差点の北方は、幅員約一〇・八メートルの車道の両側に幅員約三・六メートルの歩道があり、南方は幅員約一六メートルの車道の両側に幅員約三・五メートルの歩道があり、また右車道(交差点の南方のみ)には幅員約三メートルの中央分離帯が設置されていた。本件道路は、本件交差点の近くにある競輪場でその南方方向は行き止まりとなっており、右交差点付近で南に向け約四パーセントの上り勾配となっていた。信号機の表示の周期は、本件道路の対面表示(以下「A信号」という。)が青色一九秒、黄色三秒、赤色四五秒、交差道路の対面表示(以下「B信号」という。)が青色四一秒、黄色四秒、赤色二二秒、両信号とも赤色表示になるのが二秒であるから、全赤表示の後、A信号が青色表示になり、さらに黄色表示に変り、引き続き黄色を表示している間B信号は赤色を表示し、A信号が赤色表示に移行するのと同時にB信号は青色表示となり、さらにA信号が未だ赤色を表示している間に黄色表示となり、四秒後A、B両信号ともに赤色表示となりこれが二秒間継続するという関係にあった。交差点の各出入口付近には横断歩道が設置されていた。前記中央分離帯は、本件交差点の南側の横断歩道によって分断され、右横断歩道の北側に約二メートル残存し、その部分に高さ約一・四メートルの雑木の植込みと、街路灯用の鉄柱が設置され、右鉄柱には交通標語の看板がとりつけられていた。本件交差点付近の交通状況は、交差道路の車両及び門司駅方面からの右折車両の交通量は多いが、本件道路の車両の交通量は少なく、ことに右交差点を直進して南方へ向う車両は極めて少なかったが、右交差点の南方の本件道路東側には小学校があったところから、登下校時には右交差点の南側の横断歩道を横断する児童は多かった。

(2)  訴外池田準一は、加害車(見取図①ないし⑧)を運転して本件道路を北から南へ向け進行して本件交差点にさしかかったのであるが、同交差点で右折するため、バス(見取図甲)、その後に同訴外人の同僚が運転する二台の大型貨物自動車(見取図乙、丙)が停車していたのでその後に停車し、先行車の右折進行につれて漸進したが、直前の先行車が右折にかかってつかえた際にやや道路左側に移動したものの右先行車の後部が邪魔になって直進できなかったため、右交差点の北側の横断歩道手前の停止線付近(見取図②)に停車し、右先行車の進行により直進が可能となったので発進したものであるところ、右発進の際にはA信号の表示は黄色になっていたのにこれを看過して時速約一五キロメートルで右交差点に進入し、交差点内ではじめて信号の表示に気づいて加速して進行したが、本件交差点の南側の横断歩道にさしかかる際にはすでに右信号表示は赤色になっていたのに、右横断歩道上の横断歩行者の有無及びその動静に注意することなく、漫然と右速度で進行したところ、右横断歩道をB信号の青色表示に従って西から東へ向け小走りで横断していた被控訴人達也に気づかず、加害車の右側前輪付近を同人に衝突させて転倒させ、右側後輪で轢過した。右池田は、日頃自動車を運転して本件交差点を通行するところから、付近の交通状況は知悉していた。

(3)  控訴人の門司警察署に勤務する警察官である訴外友納一男及び入江修一は、本件事故当時は秋の交通安全週間であったので、本件交差点において交通指導・監視の職務に従事し、友納は前記中央分離帯の北側の北端約一・四メートルの地点(見取図)に北側を向いて立ち、入江は本件交差点の西側の横断歩道の東端付近(見取図)におおむね北側を向いて右職務を行っていた。本件事故直前は、前記右折車及びその進路前方の西側横断歩道上の歩行者が多数あったため、友納は車両の、入江は歩行者の誘導を行ったのであるが、友納は、右誘導を終えたのち視線を本件交差点内にもどしたところ、交差点中央付近(見取図④)を直進中の加害車を認めた。そこで信号を無視して交差点に進入したのではないかとの疑いをもち、先ず左前方若葉商店前の信号機でA信号が赤色表示になっているのを確認したうえ、B信号の青色表示に従って本件交差点へ進入してくる車両の安全を気遣って交差道路(戸ノ上方面及び原町方面)側をみたところ、いずれも加害車の進行をみて自発的に停止したので、次いで加害車の進路前方の安全を確認するため加害車の方へ体の向きを変えると、加害車は既に見取図⑥まで進行しており、さらに南側横断歩道の方へ向きを変えた瞬間、見取図地点で本件事故が発生した。入江は友納よりおそく加害車に気づいたが、友納と同様、同車に対して制止措置等なんらの措置もとっていない。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》(《証拠省略》には、加害車はA信号が青色のとき発進したもので、警察官がいるのに信号を無視して交差点へ進入することはありえない旨の池田の供述記載があるが、《証拠省略》によれば池田は発進したあとにはじめて友納に気づいたことが認められるのであって、この点からも右供述部分は採用できない。)。

二  右認定事実によると、本件事故は、加害車の運転者である池田準一の信号無視による交差点進入及び前方注視義務違反の過失により発生したものと認めるのが相当である。

三  そこで、以下右事実関係のもとにおいて警察官友納一男、同入江修一の不作為が池田準一の不法行為とあいまって被控訴人達也に対する不法行為を構成するかどうかについて検討する。

1  警察官は、警察法第二条により個人の生命身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持にあたることをその責務としており、警察官職務執行法第五条により犯罪がまさに行われようとするのを認めたときはその予防のため関係者に必要な警告を発し、またもしその行為により人の生命、若しくは身体に危険が及ぶ虞れがあって急を要する場合にはその行為を制止することができるとされているから、交差点において交通整理にあたる警察官には右交差点における交通関与者全体の動静に充分注意を払い、その中に信号に従わない者があるときはこれを制止するなどして業務上過失致死傷事件の発生を未然に防止すべき職務上の一般的抽象的義務があることは明らかである。

しかしながら、不作為による不法行為における作為義務は右のような抽象的義務ではなく、個々の場合に被害者たる國民個人に対し具体的に負う作為義務でなければならないのであって、危険な状態にある被害者が当該警察官に作為を期待し信頼しうる事情にあり、かつ作為に出ることによって結果の発生を防止することが可能であったのに作為に出なかったときに、はじめて不法行為となり、国家賠償責任が生ずると解すべきである。

2  右前提のもとに本件をみると、友納一男、入江修一(以下「友納ら」という。)は、信号機が設置され、信号機の表示する信号によって交通整理が行われている交差点において、右信号に従いつゝ交通量の多い交差道路と門司駅方面からの右折車の安全な運行に重点をおいて整理にあたっており、本件事故発生直前には、大型車の右折が続き、その進路前方の西側横断歩道上の歩行者が多数いたため、友納は車両、入江は歩行者の誘導にあたっていたもので、誘導を受けている甲、乙、丙車及び西側横断歩道上を歩行中の歩行者との間には安全、適切な誘導と事故防止を期待し信頼しうる関係があったということができるけれども、友納らの誘導とは全く無関係に、A信号に従って(結果的には前記のとおり信号に反して進入したものと認められることは別として)進行した加害車及びB信号に従って横断した被控訴人達也との間には、友納らが加害車の進行を阻止し、もしくは同被控訴人を避難させるなどして本件事故発生を防止すべき作為を期待し信頼しうる事情があったものとは認めがたい。

もっとも、友納は、前記のとおり加害車の進入に気付いたとき信号無視車両ではないかとの疑いをもったことが認められるが、もし加害車が北側横断歩道手前の停止線をこえて進行した時点ではA信号は青色表示であったか、もしくは道路交通法施行令第二条第一項「黄色の燈火」二但書に該当するような状態であった場合には、同車はそのまま進行することができるのであるから(その場合、運転者自身が進路前方の横断歩道上を対面の青色信号に従って横断してくる者があることを予測し、安全な速度と方法で進行すべき義務を負う(道路交通法第三六条第四項)ことになる。)、その時点においても本件交通関係者との間に前記作為を期待し信頼しうる事情が生ずると解することはできず、友納が先ずA信号の表示が赤色であることを確認し、次いで交差道路から進入してくる車両の安全を期するため交差道路方向を確認するなどして、結局加害車の進行を阻止する行動に出なかったとしても、右不作為が違法であるとすることはできない。

さらに、加害車は、時速約一五キロメートルで交差点内を進行中、A信号が黄色表示であることに気付き加速して交差点を出ようとしたものであって、右速度からすると、友納が最初に加害車の進入に気付いた見取図④から衝突地点まで約一三メートルの距離は、三秒程度で通過することになる。これと、被控訴人達也が小走りで横断してきたこととを併せ考えると、友納及び友納よりさらに離れた位置にいた入江には、加害車の進行を阻止するか、もしくは被控訴人達也を避難させて本件事故を未然に防止すべき時間的余裕はなかったものというべきで、たとい友納において加害車の進入に気付いたときに直ちにこれを制止したとしても、本件事故の発生はさけられなかったものと認めざるをえない。

3  そうだとすると、いずれの観点からみても、友納らに被控訴人達也の危難をさけるための具体的作為義務を認めることはできず、同人らに作為義務違反の違法があるとすることはできないから、右不作為による不法行為を前提とする被控訴人らの控訴人に対する本訴請求及び附帯控訴は、その余の事実について判断するまでもなく失当として排斥を免れない。

四  よって、右と結論を異にする原判決を取消して被控訴人らの請求を棄却し、附帯控訴を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤秀 裁判官 篠原曜彦 大城光代)

〈以下省略〉

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